散歩高岡編 その1
万葉のふるさと高岡は、奈良時代に『万葉集』の代表的歌人である、
大伴家持が5年間越中国守として在任した。
その約1000年後加賀藩2代藩主前田利長がこの地に隠居し、
本格的に高岡の町作りを行った。
高岡という名は『詩経』の一節『鳳凰鳴りけり彼の高き岡』に由来している。
八丁道
瑞龍寺と前田利長の墓所を結ぶ長さ8町(840m)の参道。石畳が敷き詰められ、石灯籠と松並木が美しい参道である。 右は瑞龍寺近くにある前田利長の像。
『万葉集』の代表的歌人でもあり編者ともされている大伴家持にちなみ、越中国府が置かれていた高岡伏木にある万葉歴史館。
『万葉集』とその時代を探求するための拠点として、館内では万葉に関する展示が行われている。
ここを訪れたとき「大伴家持―その生涯の軌跡―」と題する企画展が行われていた。家持の画像をはじめ、木簡などの出土品などが展示されていた。天智天皇が初めて時を計るために用いたといわれる「漏刻」の模型(漏刻の原理がわかる模型)なども展示されており、興味深かった。
建物の外の庭は「春の庭」「夏の庭」「秋の庭」「冬の庭」と四季折々の趣向が凝らされていて、屋上には万葉の植物などを植えた自然庭園がある。(あいにく季節柄、草花は枯れていた・・・)同館では、万葉に関するさまざまな出版物も発行されており、各種イベント(学習会や講演会など)も行っている。
DATA: 開館時間・・・ 4月1日〜10月31日AM9:00〜PM6:00
11月1日〜3月31日AM9:00〜PM5:00
毎週火曜日休館観覧料・・・ 大人210円、小中学生100円 住所・・・ 高岡市伏木一宮1-11-11 交通・・・ JR氷見線伏木駅から徒歩20分
武田家住宅
甲斐の武田信玄の弟逍遙軒信綱(1525〜1582)の子孫と伝えられており、代々大田村の肝入(庄屋)をつとめた豪農であった。
ここには、武田家に関する多くの古文書や地図が数多く残されている。
住宅は周囲をうっそうとした杉や竹の林に囲まれた広大な敷地を中心に約二百年前に建設された肝入住宅そのままの姿を今に残している。
また、武田信玄の肖像画や武田二十四将の掛け軸もある。
開館午前9時〜午後4時30分
休館日 毎週火曜日
観覧料 一般210円 小・中学生100円
所在地 高岡市太田4258
武田二十四将
武田信玄肖像画
武田家住宅
二上山(ふたがみさん)
二上山はその名の通り2つの峰をもつ標高274メートルの小高い山である。
家持は奈良の二上山と同名のこの山を朝夕眺め特別な感懐を持ち、この地を題材にした多くの歌が読まれている。
また、前田利長、前田長種が居城とした守山城がある。
今は公園になっている。
眺望がすばらしく能登半島、立山連峰が一望できる。
玉くしげ 二上山に 鳴く鳥の 声の恋しさ 時は来にけり(巻17・3987)
二上山遠景
大伴家持像
守山城跡
守山城跡より小矢部川蛇行を望む
守山城跡より富山方面を望む
守山城跡より高岡市街を望む
渋溪(しぶたに)の崎(雨晴海岸)
家持がしばしば訪れた渋溪の崎は国庁跡(勝興寺)から北へ1kmほどの所にある。
日本海の荒波に洗われた数々の岩石がそそり立ち白い砂と緑の松林が続く景勝の地である。
奥州へ落ち延びる途中の義経一行が当地の岩陰で雨宿りをしたという伝説から、「雨晴海岸」と呼ばれている。
日本の渚百選の一つに選ばれており富山湾越しに3000メートル級の立山連峰を望むことができる。
馬並めて(なめて) いざ打ち行かな 渋溪(しぶたに)の 清き磯廻(いそみ)に 寄する波見に(巻17・3987)
残念ながらこの日は立山連峰が望めませんでした。冬の天気のよい日には非常に綺麗に見られるそうです。
義経岩