アクセスログ解析 HP「中東経済を解剖する」

在欧州トルコ人移民の欧州化問題

200293

大西 圓

 

最近欧州では各国で移民法が改正され、不正規外国人就労者に対する規制が厳しくなっている。これは欧州の失業問題が深刻化して、社会問題化しつつあり、外国人労働者の受け入れに寛容でなくなっていることを意味する。欧州におけるイスラム教徒労働者の事情についてはエコノミスト2002810日−16日号に詳しい。なかでもドイツにおけるトルコ人移民の状況は欧州社会である種の緊張感を持って伝えられている点で在欧州トルコ人の一典型である。これを材料にしながらドイツのトルコ人が置かれた立場を考えてみる。

 同誌によるとドイツにはイスラム教徒は320万人を数える。このうち32,000人がイスラム系19グループに属している。ドイツではイスラム教徒のほとんどがトルコ人であることから、この傾向はトルコ移民の現象でもある。最大のイスラム・グループは「ミッリー・ギョリュシュ(1970年創立、会員27,500人、ドイツのケルンに本拠)」と呼ばれ、トルコ本国のイスラミスト政治家、エルバカンの影響が強い。この組織では暴力肯定はしていないものの、欧州社会への融合はイスラムでは背信行為としている点が注目される。このほか、「イスラム文化センター」に属する原理主義者グループがあって欧州各国とネットワークを持っているという。さらには「カリフ国」という、昨年11月以来、非合法となっている組織があって1,100名程度のメンバーがいるのではないかと言われている。

移民は受入国の経済状態に大きく左右される。経済状態が右上がりの時は国内労働力の不足が海外移民の受け入れを増やす。逆に国内経済が悪いと失業が増大し、外国人労働者はやっかいものとなるのである。欧州の統合、拡大はこのような国ベースの経済を欧州全体に拡大した。いまや欧州の内部で不況地域から好況地域に労働者が流れるのである。このことは欧州人よりも低賃金で済むというメリットはあっても欧州以外からの労働者供給にこれまでほど歓迎の姿勢はとれなくなるのである。つまり欧州内部の経済格差が政策の重要性を増しているのである。その結果、貧困、失業、疾病など現地の生活環境が力の弱い移民に凝縮される。こういったイスラム組織は、中東でもありがちなことだが、一般社会から軽視ないし見捨てられた人々をターゲットに活動を浸透させている。エコノミストはベルリンでは全体の失業率が17%であるのに対してトルコ人の失業率は40%を終えていると伝えている。

ドイツのトルコ人移民を支えているのがトルコの政府機関、「宗教庁トルコ・イスラム連合(ディティブ)」である。ディティブは世俗機関として国外トルコ人をまとめる立場にいる。この機関の目的は海外トルコ人を通じてトルコの国家利益を追求することにあるというのが趣旨といわれている。つまりドイツのトルコ人に「トルコ人としての自覚」を、トルコ語のメディアを通じて促すのである。こうしてイスラム組織と世俗政権であるはずのトルコ政府の組織、「ディティブ」は形式的には、方や宗教、方や世俗の立場から、実質はイスラムを連帯の軸にして、それぞれの立場からトルコ人移民に攻勢をかけている。

 こうした動きはドイツ化を期待するドイツ人の一部はこれを歓迎していない。拡大EUでは地域的な経済格差が目立っており、失業問題が利己的感情を増幅させかねない危惧がある。しかし、過激派ドイツ人は論外としても、EUの移民政策全体を考えると、EU域内からの労働力調達が、域外からのそれに優先されるのは明らかである。トルコのEU加盟問題はEU側からすれば「トルコの欧州化」を進めることに解決策を求めているように見える。

こう結論付ければ話は早いが、実現にはハードルがある。特に宗教についてはそれが欧州の伝統やスタイルと調和するかが問われている。キリスト教との折り合いをつけるとしても、宗教と政治の分離はイスラム世界においては困難な道である。というのもイスラム世界では政治は信仰の道の上にあるのであり、信仰の道をはずした政治は成り立たない側面がある。現状はトルコ国家が世俗国家を標榜するといっても本国における非宗教政策に対して欧州ではむしろ宗教を支えにトルコ人の団結を解くなど宗教との分離は徹底されていない。トルコ本国の政治においてイスラム主義が時に触れて台頭、世俗主義者や軍部と対立する事態が確認される一方で、「ディティブ」のようなトルコの政治機関は、イスラム導師をドイツに派遣して師弟にイスラム教育を施しているという。こうしたモスクやマドラサのような施設で反欧州につながるような宗教教育が行われていないかという危惧が欧州人の間ではまだ消え去っていない。

ドイツの移民トルコ人は3方向から忠誠を要求される。宗教的な面では「イスラム」、ナショナリズムの面では「トルコ」、実際の生活面では移民受け入れ国(この場合、ドイツであり、EUである)の体制を並行して受け入れていくことを、それぞれから強く求められている。とりわけ欧州化に向かう生き方は移民のみならずトルコという国自体も欧州から期待されているところであり、宗教やトルコのナショナリズムを排除した欧州化が実現するとしたら、トルコのアイデンティティの所在はどこに求められるのだろうか。ドイツのトルコ人も欧州化には一様でない。ドイツで生まれ育った2世世代は欧州での教育にもかかわらず欧州人との文化的違和感が必ずしも解消されていない。その方向はドイツ化や欧州化ではなく、トルコ人のアイデンティやイスラム教徒である自らの存在を、トルコ本国にいる人々よりも深刻にとらえているのではなかろうか。

欧州のイスラムは911日事件を期して非常に難しい立場に立っている。それまで欧州人にとってイスラム過激派のテロは欧州の域外から行われ、欧州はその潜在ターゲットという認識だった。しかし、これはもろくも崩された。同時多発事件を起こした犯人たちは大部分が欧州に基地やネットワークを持っていた。もはやイスラム過激派の存在と活動は欧州内にもあり、しかも重要な活動拠点であるとの認識に変わらざるをえない。経済問題に原因がある移民排斥とこのイスラム過激派の存在は、中東北アフリカ移民の欧州化にとっては大きな障害と映る。

(以上)