(王家の構図―MENAの王族シリーズ・サウド家ワリード王子編)
2003年8月17日
前田高行
ビジネス王族の雄・世界的富豪―ワリード・ビン・タラール王子
現国王の甥でありHis
Royal Highnessの称号を有するワリード・ビン・タラール王子は投資・持株会社Kingdom
Holding Companyを率い、米国のシティコープ、アップル・コンピューターを始め積極的な投資活動で国際的に名を知られている。彼は米国の有力経済誌フォーブスが発表する長者番付でベスト・ファイブに入る世界的大富豪である。その活動範囲は米国、中東、アフリカ、西ヨーロッパ等世界に広がり、直接出資している企業だけでも150社、それらの子会社を含めると5千社、その分野も金融、メディア、ホテル、レジャー、小売業等々多岐にわたっている。
ワリード王子についてはこれまでにもこのウェブ・サイト上の「サウド家の構図PARTIIビジネス界の王族(*1)」や「湾岸現地駐在エッセイシリーズー世界的大富豪タラール王子(*2)」、或いは「サウジアラビアの企業経営環境―サウド家と民間財閥の関係」(*3)で触れてきたが、本稿では彼とその企業集団について少し詳しく述べてみたい。
*1
http://www2.pf-x.net/~informant/saudi/saudifamily.htm
*2
http://www2.pf-x.net/~informant/midculture/portfolio.htm
*3
http://www2.pf-x.net/~informant/saudi/saudimanagement.htm
1.
世界富豪番付第5位、サウジ国内企業番付第2位
ワリード・ビン・タラール王子は1957年生まれ、今年46歳になったばかりである。米国のフォーブス誌が毎年発表する世界長者番付の常連であり、今年度の番付では彼の資産額は180億ドルと推定されており、堂々第5位にランクされている。因みに1位はマイクロソフト社のビル・ゲイツ会長の407億ドルであるが、米国人以外のベスト・テン入りは、ワーリド王子とドイツ人の2人だけである。日本人ではサントリーの佐治一族の37位(71億ドル)が最高位であり、ワリード王子が桁違いの富豪であることがわかる。
そして彼の率いる企業集団The Kingdom Holding Groupは、年間売上高292億サウジリアル(邦貨約9千3百億円)に達しており、アラブ・タイムズ紙の2002年度サウジアラビア企業番付100社では第2位である。第1位のSABIC(サウジ基礎産業公社)は半官半民の公社であるため、Kingdom
Holding社は民間企業としては第1位と言える。
2.
ワリード王子の父タラール殿下
ワリード王子の父タラール殿下はサウジアラビア初代国王アブドルアジズとレバノン出身のアルメニア人女性ムナーエルとの間に1931年に生まれた。現ファハド国王とは異母兄弟の関係となり、従ってワリード王子はファハド国王の甥に当たる。タラール殿下は1954年に23歳の若さで運輸通信相に任命されたが、その後駐仏大使に転出した。1957年に帰国した後、立憲王制論を唱えるいわゆる「自由プリンス」の1人としてサウド王家の中では急進改革派の中心人物となったのである。
当時のサウジアラビアは外交面ではエジプトのナセル大統領を中心とする急進的なアラブ民族主義運動の批判に晒され、また内政面では第2代サウド国王(当時)とファイサル皇太子(後の第3代国王)との確執で王族が二派に分裂した状態であった。このような国内の政争の中でタラール殿下を筆頭とする「自由プリンス」達はサウド国王側に立ち保守派のファイサル皇太子と対立することとなったが、その後サウド国王からも見放され遂に1962年に王籍を剥奪されてエジプトに亡命したのである。
しかしながらエジプトでもナセル大統領に利用されるだけとなり両者の関係は急速に冷え込んだため、タラール殿下はファイサル皇太子に和解を申し入れ、1964年に王族への復帰を認められてサウジアラビアに帰国が許された。このような経緯から、帰国後のタラール殿下は政治活動や政府の公職には一切関与せず、ユニセフ会長、サウジ家庭・社会医業協会(Saudi
Society for Family and Social Medicine)会長等の名誉職をつとめるにとどまっている。彼はアブダッラー皇太子と同じアブドルアジズ初代国王の息子であるが、王籍復帰の条件として王位継承権を放棄したものとみなされている。この結果、彼自身、政治問題或いはサウド家後継者問題から距離を置き、サウド家の内部では公私両面にわたって中立な立場に立っている。このことがむしろアブダッラー皇太子の信任を得るところとなり、現在ではタラール殿下は時として皇太子のアドバイザー役をつとめ両者は親密な関係にある。
3.
ワーリド王子の生い立ちと投資戦略
ワリード・ビン・タラール王子はタラール殿下の3番目の息子である。母親Monaはレバノン人で、同国初代首相Riad
El-Solhの娘である。ワーリドは1957年にリヤドで生まれたが、幼くして両親が離婚した後、母親と共にレバノンに移り住んだ。1979年に米国カリフォルニアのMenlo
Collegeを卒業、1985年にはニューヨーク・シラキュース大学の修士号を取得した。
米国の大学を卒業後、ワリード王子はリヤドでビジネスを始めた。彼はまず不動産業で財を成し、以後優れた分析力と積極果敢な投資活動により世界的に名を知られた投資家に成長した。1995年には”Businessman
of The Gulf”に選ばれたほか、1998年のフォーブス誌ではマイクロソフトのビル・ゲイツに次ぐ世界2位の億万長者にランクされ、毎年同誌の長者番付ベストテンの常連となっている。
ワリード王子の投資家としての姿勢は、そのニックネームである「Bottom
Fisher(底引漁法)」と言う呼び名に的確に表されている。彼の投資の特徴は業績が低迷している国際的な企業の株式を底値近くで買い漁ることに始まる。これが即ち「Bottom
Fisher(底引漁法)」である。そして彼はその株をじっくり長期に保有し、業績の回復による株価の値上がりを待つのである。
この代表的な例がシティバンク(現シティコープ)のケースである。彼は1991年にシティバンクに5.9億ドルを投資した。当時シティバンクは浮沈の瀬戸際にあり株価は惨澹たるものであった。ワリード王子はシティバンクのトップの度重なる強い要請に応じて同社の株式を引き受けたのである。その後シティバンクは大胆な経営改善が効を奏し業績が急回復したことは誰もが知るとおりである。株価は購入時の12倍に膨れワリード王子の投資は大成功を収めた。シティバンクはその後シティコープとなったが、彼は今も同社の個人筆頭株主である。また1997年4月の1.2億ドルに上るアップル株式の取得も、同社の業績急回復で購入時の数倍の価値をもたらしている。なおワリード王子は2度の離婚経験があり、息子と娘が1人ずつである。彼は現在息子のKhalid王子を後継者として鍛えているところである。
4.
Kingdom
Holdingグループの投資分野及び投資企業
ワリード王子はKingdom
Holdingの他、いくつかの持株会社を所有しており、これらの持株会社を通じて各国で株式取得、転換社債の購入等の投資を行っており、その投資活動は非常に活発である。投資する場合の出資者名義(個人であるか、持株会社のいずれかであるか)或いは投資形態(株式取得か、転換社債購入か)等もその都度異なっており、更に買収企業の国籍・業種等も多種多様を極めている。
またサウジ国内での投資についてはKingdom Holding社を中核として、「パンダ」名で知られるスーパーマーケットに代表される流通業ならびに各種の消費財製造業を支配下においている。製造業ではグループが筆頭株主のNational
Industrialization Company (NIC)を通じて化学事業に投資している。また金融業ではNational
Commercial Bankに次ぐ国内第二位の銀行Saudi American Bank(SAMBA)の7.2%の株式を所有し、グループ企業群の資金調達のパイプ役を果たしている。
SAMBAは1980年にCity Bankのサウジ国内支店が国有化されたものであり、現在シティグループとはTechnical
Management契約を取り交わしている。既に述べたとおりワーリド王子はシティグループの個人筆頭株主(持株比率4%)であり、彼の個人資産とあわせ、投資資金の調達体制は磐石と言える。
グループの投資分野は金融、不動産、農業、娯楽、観光、レストラン、ファッション産業、小売業、スーパーマーケット、メディア、放送、通信、コンピューター、エレクトロニクス等々多岐にわたっている。また海外の投資先としては米国が最大であるが、ヨーロッパ、中東、アフリカにも展開している。
主な投資先企業を国別に見ると以下のとおりである。(括弧内は出資比率:5/2発行のMiddle
East Economic Digest, MEEDによる)
サウジアラビア
(投資会社) Kingdom Holding Co.(100%), National Industrialization
Co.(15%),
(金融) Saudi American Bank(7.2%),
(流通サービス業) Azizia Commercial Investment Co.(20%), Savola
Group Co.(17.9%), The Kingdom Center(32.5%),
米国
(金融) Citygroup(4%),
(メディア、IT産業) Motorola(1%), Apple Computer(5%), News
Corporation(3,75%), AOL Time Warner(1%), Howlett-Packard(1%), Amazon.com(1%以下),
Walt Disney Co.(1%),
(サービス業) Four Seasons Hotels & Resorts(22%),
(製造業) Ford Motor(1%), Kodak Corp.(1%), Procter & Gamble(1%)
ヨーロッパ
(流通サービス業) Canary Wharf, London(2%), Movenpick Hotels &
Resorts(27%), Disneyland, Paris(17.3%), George V Hotel, Paris (100%),
アラブ・アフリカ圏
(投資会社) Palestine Development & Investment Co.(5%),
(メディア)Arab Radio and Television(ART)(18%), Rotana Video &
Audio Visual Co.(48%),
(サービス業) Nile Plaza Complex, Cairo(50%), Senegalese
Telecommunication Co.(10%),
このようにワリード王子の投資は米国、ヨーロッパ、アラブ・アフリカ圏に広がっており、特に米国で活発に投資活動を行っている。但し米国での投資先の持株比率ははほとんどが1%以下であり、値上がり転売益を狙ったポートフォリオ投資のようである。これに対しサウジ国内はもとよりヨーロッパ、アラブ・アフリカ圏での投資は持株比率の高いものが多く、しかも投資対象業種はメディア、流通、ホテル等に集中しており製造業が少なく、戦略的投資の色合いが濃い。
5.
対米投資の見直し?
ワリード王子は90年代前半までは大半の投資をシティグループ始め米国で行ってきた。そしてそれが彼に巨万の富をもたらしたのである。しかし90年代半ば以降彼の財力を頼ってサウジ国内はもとよりアラブ・アフリカの各国から投資を求められるようになった。サウジ国内では急増する若者の雇用創出のための直接投資が求められ、ワリード王子はKingdom
Centerの建設に着手した。これはショッピングセンター、ホテル、事務所からなる超高層ビルを中核に、病院、学校までも含む壮大なプロジェクトである。またPalestine
Development & Investment Co.に出資してパレスチナの経済開発を支援する姿勢も示している。
2001年9月の米国同時多発テロ事件はワリード王子の投資戦略に難しい選択を迫った。テロ事件の犯人に多数のサウジ人が含まれ、また国際テロ組織アル・カイダの首謀者も同国人のオサマ・ビン・ラーディンと断定されたため、米国内で反サウジ感情が一挙に高まった。サウジ人達は米国に蓄えた数千億ドルとも言われる巨額の資産が凍結されるのでないかと言う危惧を抱き、米国から資産を逃避させる動きを見せている。
このような状況下でワーリド王子はテロ事件発生直後、ニューヨーク市に2千万ドルの寄付を申し出た。国際的な投資家になるきっかけを与えてくれた米国に対する彼なりの気持ちの表れであった。ところがニューヨーク市長は彼の申し出を拒否したのである。市長が市民の反アラブ感情に迎合し、また市長の支持母体がユダヤ人社会であったためであろう。
米国社会の冷たい反応にワーリド王子は戸惑っているようだ。冷徹な投資家である彼自身にとっては米国以外に有利な投資先があれば迷わず米国の資金を引き上げるであろう。しかしサウジアラビアやアラブ・アフリカでの投資は国策への協力或いはアラブ同胞に対する貢献であり、すぐに見返りが期待できるものではなく、またヨーロッパでの投資も現状では米国に勝るとは言えないからである。
6.
ワーリド王子の対日投資の可能性
ワリード王子がこれまで日本を投資対象と考えなかったわけではない。彼は90年代初めには東京の某デベロッパーを訪れて頻繁に来日していたと言われる。しかしその時、彼は日本ではなく韓国の自動車メーカーである現代や大宇に投資した。これらの投資は結果的に失敗し、現在アジアで目立った投資は行っていない。彼は韓国での投資で欧米流と異なるアジア的経営の問題点について教訓を得たものと思われる。
彼が現在日本への投資を考えているかどうかは不明である。株価が最低水準に落ち込んでいるとみなせばワリード流「bottom
fisher(底引漁法)」のチャンスであり、米国での投資の一部を日本に振り替えることは大いに検討の余地があろう。しかしワリード王子自身は投資先企業の経営に直接タッチせず、経営は米国流のドライな経営者に任せて業績回復による株価上昇を待つと言うのが基本姿勢である。その彼の目から見れば、日本の場合概して従来の経営手法を墨守する経営者や、エリート意識ばかり高く責任回避に汲々とする中堅幹部が居残ったまま、外部からの資本注入だけで業績が回復できると考えている日本企業は、安心して投資できる対象とは思えないかもしれない。
ワリード王子が対日投資を行うかどうかはともかく、彼が米国を含むグローバルな経済の中で今後どのような投資戦略を打ち出すのか目が離せないのは事実であろう。
以上
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