(王家の構図―MENAの王族シリーズ・サウド家女性編)
2003年5月11日
前田高行
サウド家の妃達―スデイリ・セブンとファイサル家の姻戚関係
膨張するサウド家
第三次サウド王朝の開祖であるアブドルアジズ初代国王の直系子孫の数は、王子788人、王女765人の計1553人に達する(1999年刊行「Family Tree of Saudi Royal Family」Abdulrahman bin Sulaiman
Al Ruwaishid著による)。同国の平均的な人口増加率は3%強であるから、現在の王子及び王女数は1700人以上と考えて間違いないであろう。
このうちアブドルアジズが生涯に結婚した26人の女性との間に生まれた王子36人、王女27人(計63人)がいわゆる第二世代であり、ファハド現国王、アブダッラー皇太子、スルタン国防相などがそれである。さらにこれら第二世代が生んだ第三世代の子息・子女は総数504人に上り、この中にはサウド外相、バンダル駐米大使などが含まれる。直系子孫は既に第六世代まで誕生しており、第四世代は716人、第五世代266人、第六世代4人と数えられている(同上著書による)。
そもそもサウド家の始まりは15世紀にさかのぼり、その後、ジルウィ家、スナイヤン家等の有力な分家が興り、またアブドルアジズの兄弟及びその一族を含め彼等は全て「サウド家」とみなされ、王子達には「Prince」の称号が冠せられる。こうしていわゆる「サウド家王族」の規模は今や数万人に達すると見込まれ、正確な人数を把握することは不可能と言われている。
(注)因みにアブドルアジズ初代国王の直系男子は名前の始めに「His
Royal Highness (HRH)」が付けられ、それ以外の王子の尊称「His Highness(HH)」と区別されている。なおサウジ王室典範では国王はアブドルアジズの直系男子即ちHRHの称号を有する王子に限定されている。
砂漠の遊牧民族ベドウィンは通常同族結婚であり、サウド王家もこの例に漏れずほぼ全員が同じサウド家の王族と婚姻関係を結んでいる。彼等は国内の民間有力財閥(その大半は非ベドウィンであり、例えばビン・ラーディン財閥もその一つである)と婚姻関係を結ぶこともなく、またクウェイト、アブダビ、ヨルダンなどの他国のアラブ王族との姻戚関係もない。サウド家はかたくなに純血主義を貫いているのである。この点でヨーロッパの王族がハプスブルグ家、ブルボン家などに始まり何らかの血縁関係を有しているのと対照的である。
スデイリ家出身女性から始まった新たな血縁関係
このように同族結婚による多数の王族がひしめき、更には彼等が信ずるイスラム教が一夫多妻を認めているため、第二世代の王族では母親を同じくする同腹の兄弟姉妹と母親が異なる異母兄弟姉妹が並存する状況は極く普通のこととなっている。(但し第三世代以降の若い世代は殆どが一夫一妻であるが)
その結果、第二世代では同腹の兄弟が結束することとなり、その最も著名な例がいわゆる「スデイリ・セブン」である。「スデイリ・セブン」とは有力部族スデイリ家の王女であったハッサ・スデイリ妃がアブドルアジズとの間にもうけた7人の男子兄弟のことである。長男はファハド現国王であり、さらに次男のスルタン国防相のほか、ナイフ内相、サルマン・リヤド州知事など、7人の兄弟は現政権の重要ポストを押さえている。ハリド前国王が病弱であったため、ファハドは皇太子の時代から国政の実権を握り、弟達と共に国政を牛耳ってきたのである。
彼等7人兄弟とその子孫は「スデイリ一族」と称され、これまでサウド家の中で特別な存在と見られてきた。しかしながら7人兄弟は既に高齢に達し、また三世、四世等を含めた一族の数は多数にのぼり一族間の一体意識が希薄になりつつあることは否定できない。こうした中で第三世代以降の婚姻関係による新たなグループが生まれつつあるように見える。
実はファイサル家とスデイリ・セブンはスデイリ姉妹を介して縁戚関係にある。即ちハッサ・スデイリ妃の妹スルタナ・スデイリ妃は故ファイサル第三代国王の最初の妻なのである。但し同国王の子息サウド外相は国王の四番目の妻イファット妃を母としており、スルタナ妃の子息ではない。因みにスルタナ妃の長男アブダッラー王子は実業界に転じ、現在アル・ファイサリア・グループの会長であるが、同グループは、世界有数の富豪として知られるワーリド・ビン・タラール王子と並ぶビジネス王族の二大勢力の一つである。
厳格なワッハーブ派を国教とするサウジアラビアでは、女性は家庭に閉じ込められ社会進出が妨げられている。西欧民主主義国家はこれを非難し改革を求めている訳であるが、この現状がむしろ実態的には女性が家庭内で実権を握ることとなっていることはあまり知られていない。母親となった妃達は自分の生んだ息子の出世や娘の良縁に心血を注ぎ、それによって自らの存在を高めようと試みる。そしてそれが婚姻による新たな勢力関係の構築と言うサウド家内部の構造変化を生んでいるのである。以下に述べるサウド外相(ファイサル家)一族とスルタン国防相及びサルマン・リヤド州知事一族の両グループ間の婚姻関係はその典型的な例である。
華麗な一族―イファット妃の子供達
ファイサル元国王の四番目の妻イファット妃はスナイヤン家の出身であるが、同家は王族会議の一翼を担うサウド家の有力分家の一つである。5男4女の子宝に恵まれたイファット妃は賢夫人の誉れが高く、息子達は政官界の重要ポストに就き、また娘達は有力者のもとに嫁ぎ、下記の如く華麗な血縁関係を築いているのである。
長男 モハンマド王子: 1937年生。イスラム銀行総裁。
次男 サウド王子: 1941年生。外相。
四男 バンダル王子: 1943年生。国防省顧問。妻はマジド殿下息女バスマ王女。
五男 トルキ王子: 1945年生。駐英大使(前中央情報局長官)
長女 サラ王女: 故サウド国王の子息モハンマド王子夫人。
三女 ルル王女: アブドルムホシン殿下の子息サウド王子夫人。
四女 ハイファ王女: バンダル駐米大使(スルタン国防省子息)夫人。
この他三男アブドルラハマン王子(軍人)はハリド前国王の息女ムドヒ王女を娶っており、さらにサウド外相の息女ハイファ王女はサルマンリヤド州知事次男スルタン王子(アラブ初の宇宙飛行士で現在は観光評議会議長)と結婚している。
スデイリ家とファイサル家の姻戚関係
サウド家の複雑に入り組んだ姻戚関係の中で、スデイリ家とファイサル家に焦点を当てて作成した相関図が下記のものである。図でわかるとおりスデイリ一族内部でもファハド国王とスルタン国防相の両家は、前者の長男故ファイサル王子(前青年福祉庁長官)と後者の息女ムニラ王女が夫婦関係にある。この相関図は重要と思われるものを取り上げただけであり、これ以外にも他のサウド家一族との姻戚関係が多数あることは論を待たない。
スデイリ家とファイサル家の姻戚関係
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:婚姻関係、 :親子関係、 :姉妹関係
第一世代 第二世代 第三世代 第四世代
ハッサ・スデイリ妃(スデイリ・セブンの母)
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ファハド現国王 故ファイサル青年福祉庁長官
スルタン国防相
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バンダル駐米大使
(バンダルの母-氏名不詳)
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ムニラ王女
ムニラ妃
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サルマンリヤド州知事 スルタン王子(宇宙飛行士)
故アブドルアジズ初代国王
故ファイサル国王
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サウド外相 ハイファ王女
トルキ駐英大使
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ハイファ王女
イファット妃
アブダッラー殿下(ファイサリア・グループ会長)
スルタナ・スデイリ妃
タルファ妃
今後の王族勢力関係
上図でわかるとおり外交の最重要ポストである外相(サウド王子)、駐英大使(実弟トルキ王子)、駐米大使(義弟バンダル王子)の3人が深い血縁関係にあることは、現在の同国の外交政策を探る上で極めて興味深い事実であろう。
既にアブドルアジズ初代国王を第一世代とするサウド家の直系は、第六世代まで誕生しており、その数は増加の一途をたどっている。傍系まで含め現在でも数万人と言われる「サウド家」は今後ますます膨張し続けるのである。
こうした中で王族間に新たな合従連衡の生まれる兆しがあり、その場合に世代を横断した婚姻関係が隠された重要な要因になると言って間違いないであろう。巷間取りざたされる王位継承問題についてはアブダッラー現皇太子が次期国王に即位し、その際同じ第二世代であるスルタン国防相或いはサルマン・リヤド州知事あたりが皇太子に選任されるであろう、との見方が強く、サウド家内部で波風を立てないためにも順当な選択肢と思われる。しかし第二世代は全員高齢であり、第三世代へのバトンタッチは時間の問題なのである。
現在、王位継承を含めた第三世代への移行問題は、概してファハド国王、スルタン国防相を頂点とするスデイリ・セブン一族とアブダッラー皇太子を頂点とする非スデイリ・グループ(サウド外相もその一員とみなされている)の対立として捉えられている。しかしながらそのような世代間の縦系列だけで問題を捉えるのは一面的すぎるきらいがある。
今後のサウド家の動向を見るには、「婚姻」というグループを越えた関係―それは同一世代間の横系列の関係と言えようがーを注視することが欠かせないと考えられる。
以上
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